一部上場会社の常務を退任した後、Yamatoさわかみ事業承継機構に参画し、山陰地方の中小企業に代表取締役社長として就任した池上正浩さん。就任までの経緯と現在の感想(抱負)を以下のとおりお聞きしました。

これまでの略歴をお聞かせください

兵庫県姫路の出身。電線大手・藤倉電線株式会社(現フジクラ)に入社し生産技術畑を歩み、工場勤務が中心でした。2001年から約7年間海外の生産子会社の社長としてその事業拡大に取り組み、帰国後は生産技術開発部長を経て生産技術統括部長を務めました。
その後、執行役員、常務執行役員に就任して、フジクラグループ全体の生産効率向上に取り組みました。フジクラグループの生産技術部門のトップとして、組織作りや人材育成で貢献できたと自負しています。

承継社長になろうと思った理由は何ですか?

2019年3月末で役付役員を退任後、同社のコーポレイトアドバイザーに就きましたが、仕事の範囲に限界があり、徐々に出社義務も減ってきたのです。仕事を通して人生の喜びを見出してきた身としては「このままでいいのか?」と考え込むことが多くなり、思い切って「就活」をすることとしました。世の中はコロナウイルスの感染拡大により、自由な就職活動ができない中でしたが、Yamatoさわかみ事業承継機構より「後継社長」のご提案をいただいた次第です。当初は「未知の会社の社長が務まるのか?」と躊躇しましたが、最後は「もう一度、事業の最前線で汗をかきたい思い」を優先して提案を受け、「後継社長」に就任しました。

初めての会社で、いきなり代表取締役社長として着任することに、不安や問題はありませんでしたか?

生産技術畑を歩んできて海外工場の社長経験もあり、現場や事務所の問題点を改善することに不安はありませんでした。ただ、営業や財務や人事に関しては、独力では無理だと分かっていました。その不安をYamatoさわかみ事業承継機構の「経営シェアリング」によるサポート体制が「後押し」してくれました。また、自分のこれまでの経験や知識を生かして、経営層の一員として活躍できるというポジションの提案を他でも多く探しましたが、私にとって同機構以外に提示はなく、最後はトップとして経営を牽引するそのやりがいや魅力が不安を上回ったのです。

Yamatoさわかみ事業承継機構は、承継先企業を永久保有し従業員や取引先も完全維持することを基本理念としています。このため、承継先の長期安定的な維持・成長を目的とし、承継後も無理なく経営を維持できる適正な水準での役員報酬を提示しています。
本件以外にも、場合によっては当機構より高い報酬額面でのオファーがあったかもしれませんが、それでも当機構をお選びいただいた理由をお聞かせ頂けませんか?

Yamatoさわかみ事業承継機構が「高い理念」を掲げていることと、今まで誰も解決できていない中小企業の事業承継問題への新たな取り組みに強い共感を持っています。さらに、日本社会が抱える社会課題の解決に向けた「志(こころざし)」の一翼を担えることに喜びを覚えています。
フジクラの常務執行役員退任後の2年間で、自分の経験は社外取締役などよりもより執行側に近いポジションでこそ生かせることに気が付きました。ですので、報酬につきましては、多ければ良いとは思いますが、最優先すべきは「自身の経験をよりよく社会に生かせるかどうか」であり、結果として報酬は後から付いてくるのではと考えています。目標とする業績をキチンと達成して行くことが大切であると思います。

着任から1カ月以上が経ちました。今はどのようなお気持ちですか?

最優先すべきは「自身の経験をよりよく社会に生かせるかどうか」だと述べましたが、この実現のためには、「社員の幸せを守る」ことこそが何よりも重要だと考えるようになりました。今は、承継した企業の社員の幸せを守り、できればもっと幸せになっていただけるようにお手伝いするために、社長として「何をすべきか」を繰り返し自問自答しています。一朝一夕に実現できないことも承知していますので、社員やYamatoさわかみ事業承継機構と力を合わせて、達成に向け一歩ずつ進みたいと思います。

【ご回答ありがとうございました。】